February 22, 2004

小旅行

湧き上がった雲がみるみる空を覆いつくした。
遠くで雷鳴が響き、やや間をおいて、雨と埃が混じった匂いが車内に入ってくる。
夏のはじまりだった。

R121は日光杉並木を越えて針路をやや北に変え、会津西街道となる。
道はゆるやかなコーナーの続く田舎道となり鬼怒川へと向かう。
助手席の幸恵はぼんやりと車窓の外を眺めていた。

三真館はこのあたりでは老舗の旅館だという。
とはいえバブルがはじけてからというもの、団体旅行の客足が遠のいてしまい暖簾を守るのがやっとだった。
今日も週末だというのに、泊り客は幸恵と良平の他は初老の夫婦が一組と数人の老人会の客だけだった。

二人が部屋に入ると通り雨はやんだ。今はすぐ脇を流れる鬼怒川のせせらぎだけが部屋を満たしている。
夕暮れまでにはやや間があった。
仲居さんがお茶を入れに来て、夕食の案内をして部屋から去ると、二人の間を沈黙が包んだ。
長年寄りそった夫婦が言葉を発しなくてもわかりあえる、といった沈黙ではなく、あきらかに気まずい空気が流れていた。
それを押しのけるように、良平が口を開いた。

「僕たち、やりなおせるかな」

「やりなおすって何を?
まだ何もはじまってないのよ」

恋がはじまってもいないのに修復のしよがない。それはそうだが、良平にはどうしても納得がいかなかった。
良平と幸恵がつきあいはじめて一年がたつ。
なにをもってつきあっているというのかはわからないが、少なくとも二人は週末になるとお互いのアパートを行き来する週末同棲をする仲ではあった。
そんな夫婦のまねごとみたいなことも、一年経つとマンネリ化してくる。
幸恵がふとした瞬間にみせるやるせない表情を良平は気にしはじめていた。
だからこうして一泊のささやかな小旅行を企画したのだ。

また二人を沈黙が包み、宵闇が急速に近づいてきた。
どこかでヒグラシが一度だけ鳴いた。

Posted by kage at February 22, 2004 01:11 PM | TrackBack
Comments
Post a comment









Remember personal info?